反論について



□主張と根拠

「母さん、お小遣いを値上げしてほしいんだけど。」
「あら、なんで?」
「それは、えーと・・・」



人を説得する時に最も大切なのは、理由をつけることです。
上のケースでは、このあと、たとえば「毎月、数学の参考書を1册ずつ勉強したいんだ」と続ければ、お母さんはきっとお小遣いの値上げを検討してくれることでしょう。

一般に、あらゆる主張には、必ずそれを支える根拠が存在するはずです。

なぜ若いうちからタバコを吸ってはいけないのか? それはガンになる確率が高まるから。
なぜ太陽光発電は環境にやさしいのか? それは、火力発電と違って石油を全く使わないから。



反論の基本は、この主張と根拠の関係をしっかりと把握することです。どんなにもっともらしくきこえる主張でも、さらにもう一段深い理由をつけて、その根拠を破壊してやれば、相手の主張は根こそぎ否定されることになります。下の図に示したケースは、その好例です。



相手の主張に対し、ただ「それは違う」というだけでは、ただの水掛け論に終わってしまいます。反論をする際には、かならず相手の主張のうしろに隠れた根拠を探し出し、もう一段深い理由づけをして、相手の根拠そのものを否定するようにこころがけましょう。


□キック&ゴー

「今年も文化祭でタコ焼き屋をやるべきよ。去年だって15万円もうかったんだから」
「でも、今年もタコ焼きに人気が出るとは限らんだろう」
「そもそも、15万円というのは本当なのか?実は13万円くらいしかもうかってないんじゃないのか?」
「各地の文化祭にアンケートを送り、タコ焼き屋が本当にもうかるのか、全国的な統計調査を行うべきだ」
「あんたたち、そんなケチばかりつけてるけど、とにかく去年大成功したっていうのは否定しようのない事実なんでしょう?」
「それはそうだが・・・」




反論の基本は、しばしば「キック&ゴー」である、と表現されます。
  • 相手の主張を、ダウトをかける形で叩き(キック)
  • さらに、相手の主張に対抗する、新たな分析を示す(ゴー)
というわけです。


相手の主張を、
カードチェックなどを通じて「本当なのか、この場合に当てはまるのかどうかあやしい」と叩いてやること(キック)は、反論の中で非常に大切なステップです。

しかし、多くの場合、相手の主張に疑問符をつけるだけでは、本当にしっかり反論しきったことにはなりません。「たしかにあやしい点もあるけれど、シナリオは理解できるし、まぁ少しはこういうこともあるだろう」と、相手の主張が残ってしまうことがあるからです。

こうした状況を防ぐためには、相手の主張に真っ向から対抗する、新たな分析を示すこと(ゴー)が必要になります。冒頭のケースなら、「実はお金のやりくりで不正があって、実際には赤字だった」とか、「東京都で開かれた他の各校の文化祭では、タコ焼き屋は全て赤字だった」という新たな分析を出せれば、「必ずもうかる」という主張に対する強力な反論になるはずです。こうすることで、相手は自分達の主張を続けるために、まずこちらの分析に再反論しなければならなくなり、大きなプレッシャーを与えることができます。



反論の際には、単に「相手の主張はあやしい(キック)」とくり返すだけでなく、「真実はこうなんだ(ゴー)」と積極的に新しい分析を出して行くようにこころがけましょう。


□根拠の比較

「俺は反対だ。国民は牛のゲップ税の導入なんて望んでいない」
「いや、違う。ゲップ税は、今や国民の大きな支持を得ているんだ」
「なんで国民が賛成していると言い切れるんだ?」
「僕の手元に、アンケートの結果があるからさ」
「なんだと、俺もだ」
「その調査では、誰が誰にアンケートをしたんだい?」
「ある農業組合が、ウシを育てている農家30人に聞いたところ、大多数がゲップ税に反対だった」
「ふん、そんな小人数、しかもウシ農家だけなんていう偏ったアンケートで、国民の本当の意志がわかるもんか。Z新聞が国民3000人に行った調査によれば、賛成が過半数を超えたそうだ」
「なんだと・・・」



試合の中では、お互いに正反対の主張が真っ向からぶつかり合うことが少なくありません。こういった場合、このままでは水掛け論になってしまうので、双方の主張を支える根拠を比べて、どちらがより信頼できるのかを争うことになります。



主張がぶつかり合った状態から、自分たちの主張を押しとおすには、相手の根拠よりこちらの根拠の方が優れていることを示してやらなければなりません。根拠の比較には、色々な方法がありますが、その中でも代表的なパターンを5つほど紹介します。


■理論と事実

議論の対象によりますが、普通は机上の空論である理論より、実際に試した結果である事実の方が信憑性が高いと言われています。

A:「車の数が減れば、歩行者と車がぶつかる確率も減るし、交通事故は少なくなるだろう」
B:「実際にガソリンの値上がりで車の利用が減ったとき、渋滞がなくなってスピードを出す車が増えたため、交通事故はかえって増えた」

→この場合は、実例であるBの方が信用できる。


■統計調査と1回きりの事実

同じ事実であっても、1回きりの事実よりも、それをいくつも集めた統計調査の方が信憑性が高い、とされます。

A:「わたしの叔父さんは、毎日50本以上タバコを吸っていたが、95歳まで健康に生きて老衰で亡くなった。タバコは健康によくないなんてウソだ。」
B:「予防ガン学研究所が25万人を調査した結果、タバコを吸う人は吸わない人に比べ、肺ガンになる確率が11.5倍も高かった。」

→この場合は、1回きりの事実であるAより、統計調査であるBの方が信用できる。


■現状の分析と、プランを実行した後の分析

プランを実行することで、現状が大きく変わる、ということがよくあります。このため、今の状況に依存した主張よりも、実際にプランをとった後の影響をきちんと考えた主張の方が、より信頼できる、ということになります。

A:「統計調査によると、小学生のほとんどは英語に興味がない。だから、小学生から英語教育をしても無意味だ」
B:「試験的に英語教育を導入しているクラスでは、過半数の生徒が、英語が楽しくなった、と答えている」

→この場合は、現在のAの状態から、プランをとることで生徒の意識が変わったと考えられるので、その影響を考慮したBの方が信用できる。


■理由付けの深さ

「主張と根拠」の章で触れたように、相手の根拠を否定するのは反論の基本です。向こうの根拠をふまえた上で、さらにもう一段掘り下げた理由付けを行って主張を否定できれば、比較の際に非常に有利になります。

A:「この新しいタイプの車は、コンピューターを搭載しているから安心だ」
B:「コンピューターが暴走する危険が否定できないので、やはりこの車の安全性は保証できない」

→Aの主張は、「コンピューターがついているから」という事が根拠になっているが、Bはさらにその根拠をもう一段掘り下げて、「コンピューターそのものが暴走する危険がある」と反論している。このため、より理由付けの深いBの方が信用できる。


■証拠資料の質

資料を引用する際には、著者の肩書き・年代などが必要になりますが、これらによほどひどい差がある場合には、比較の理由になりえます(場合によりますが、大学教授とジャーナリストなど、多少の差ではあまり問題になりません)。

A:1928 年 「100 年後には必ずタイムマシンが実現されているはずだ」
B:2002 年 「物理学的に、人間が(少なくとも生きたまま)過去へ戻るのは不可能です」

→Aの資料は古すぎて現在に適用できるのかどうか疑わしいので、この場合はBの方が信用できる。

A:外務省報道官「外務省では、一切不正行為はないと断言いたします」
B:N新聞「外務省職員が、10 年以上にわたり機密費を流用していたことが、東京地検特捜部の告発により明らかになりました」

→Aは疑惑の当事者の発言であり、客観的な立場から報道できるBの方が信用できる。




□「つぶす反論」と「削る反論」

「部室にほこりがたまってるみたいで、ぜんそくの子が苦しんでるから、一度大掃除をしようと思うの」
「どうでもいいと思ってる奴も多いと思うぞ」
「でも、全員じゃないでしょ」
「別に、ぜん息の原因は、部室のほこりだけじゃないだろ?」
「でも、全く関係ないってわけでもないでしょ」
「大掃除で完全にほこりを追い払えるとも思えないけど」
「でも、全く無駄ってこともないでしょ」
「だけど・・・」
「とにかく、掃除すれば今より少しは良くなるのよ。さあ、はじめるわよ」



メリット・デメリットに対する反論は、その強さによって「つぶす反論(Absolute Issue)」と「削る反論(Partial Issue)」の2種類に分けられます。相手のシナリオを100%否定できるのが「つぶす反論」、そうではなく、相手のシナリオをいくらか削るだけのものが「削る反論」です。

冒頭のケースで見たように、「削る反論」だけでは、いくら数をぶつけても、結局「少なくとも、ある程度はメリット(デメリット)が残るよね」という形で逃げられてしまいます。このため、メリット・デメリットを攻撃しようとするときには必ず、いくつか「つぶす反論」を混ぜておく必要があります。

この場合だと、たとえば「ものが落ちてきて危ないから、生徒会の決まりで、部室は掃除してはいけないことになっている」とか、「実は、部室は1時間に1度、掃除業者の人がすみずみまで掃除をしており、大掃除の余地がない」と言えれば、相手のメリットが生まれるシナリオを100%否定でき、「つぶす反論」になりえます。

ただし、実際には「つぶす反論」を出したつもりでも、多少の不安は残ります。本当に相手のシナリオを、「完璧に100%」否定できる反論は、そう簡単には見つからないからです。

そこで、「つぶす反論」よりもさらに強力な反論として、「ターンアラウンド」という議論が用いられます。これは、相手が主張するメリット(デメリット)に対して、「実は、逆に悪いこと(良いこと)が起こるんだ」と、シナリオを逆の方向へひっくり返してしまうことを指します。

この場合だと、たとえば「下手に大掃除をしようとすると、かえって隠れていたほこりが大量に出てきて、ほこりがひどくなる」とか、「ほこりまみれの環境に慣れた人が、急にきれいな部屋にうつると、かえって体調を崩す」とか、あるいは「ほこりはぜん息によい(!?)」といった議論が、ターンアラウンドに当たります。この結果、ターンアラウンドは、試合の中で一種のミニ・デメリット(メリット)として機能することになります。



メリット・デメリットを叩くときには、「削る反論」ばかりをやみくもにぶつけるのではなく、相手の逃げ道を防ぐため、必ず「つぶす反論」やターンアラウンドを効果的に織り交ぜるようにしましょう。


□時間配分について

 反駁の持ち時間は立論の持ち時間よりも短いので、勝つためには時間配分が非常に大切な条件となってきます。特に肯定側第一反駁では、否定側立論と否定側第一反駁の合計10分間の議論に対して、わずか4分間で反論しきらなければなりません(中高生のディベート甲子園の場合)。多くの場合、きちんと準備をすれば、たいていの議論には複数の反論が考え付くものですが、それらを逐一全て話していると、とても4分間には納まり切らなくなってしまうので、どうしても「どこに重点的に反論するのか」というメリハリを考える必要がでてきます。

 一般に、相手の方から出してきたメリット・デメリットをつぶしたい場合には、相手のシナリオのどこか一か所さえ完全に否定できてしまえば、それで十分です。たとえば、「今の会社には日が暮れるまではオフィスで残業をしていなければならない、という雰囲気があり、サマータイムを導入すると、残業の時間が延びて過労死する人が増える」という議論に対しては、「そもそも過労死するような人は深夜まで働いているので、日が暮れる時間は関係ない」という反論を何とか通してしまえば、それでおしまいです。他にも、「何人過労死するのかわからない」「自業自得だから仕方ない」など、様々な反論はありますが、この場合、相手のシナリオのどこか一か所を切ってしまえばそれで全体がつぶれてしまう以上、あまり強くない反論をいくつもぶつけるよりは、確実に突破できそうなシナリオの弱点に、集中して時間を注ぎ込む方が、より効果的だといえます。

 逆に、こちらの方から出したメリット・デメリットを守りたい場合には、自分たちのシナリオをどこかで断ち切られないために、全ての反論に1つ1つ返し切る必要があります。特に、前の節で書いたような「つぶす反論」は、一つでも返し損ねるとこちらのシナリオ全てを否定されかねないので、必ずつぶしておかなければなりません。もっとも、実際には、ぶつけられた全ての反論に1つ1つ正直に返していくと時間が足りなくなる場合がほとんどなので、どれが「つぶす反論」でどれが「削る反論」なのかを見極めた上で、無視しても多少こちらのシナリオが削られる程度の弱い反論ならば、むしろ戦略的に反論をせずに放っておき、もっと大切な部分の反論に時間を廻した方がよい場合もあるでしょう。2つメリットやデメリットを出していた場合には、1つをおとりにして切り捨て、残りの1つに時間を集中して守りきる、というやり方もありえます。

 試合中、立論・反駁を通じてたくさんの議論を出すことになりますが、試合の終盤にはこれら全てのシナリオを無理矢理成立させようとするのではなく、時間配分の関係から切り捨てるべきところは切り捨て、勝つために最も必要な部分の議論に集中して時間を割くようにしましょう。