証拠資料



部活の練習の帰り道、たまたま出会った友人が言いました。「大変だ、宇宙人が地球に攻めてきた。早く逃げた方がいいぜ」
あなたは思うはずです。「こいつ、俺をからかってるな」
友人は、あなたの不審そうな顔を見て続けます。「じゃあ、テレビ見てみろよ」
近所の家電屋に行くと、アメリカ大統領府とNASAの合同記者会見が流れていました。「天王星人の自爆テロにより、アメリカ本土の半分は消失しました」
「おいおい、ほんとかよ・・・」


人を説得するとき、大切になってくるのがその議論の信憑性です。
いくらもっともらしいことを言っても、ディベートをしているのは所詮ぺーぺーの中高生。そのままでは、どれだけジャッジに信用してもらえるかは疑問です。
そこで、ディベートでは権威ある他者の意見を、証拠資料(エビデンス)として引用することができます。こうして、ディベーターに欠けている信憑性を補うのです。





□証拠資料の条件

証拠資料は議論の信憑性を高めるために使うのですから、引用するときには、その資料があやしいものではなく、権威があるということをきちんと示さなければなりません。一般に、資料を引用するときには、以下の4つを示す必要がある、とされています。

  • 著者の名前
  • 著者の肩書き
  • その意見が発表された年(出版年)
  • 出典(書籍・雑誌:タイトル、ホームページ:URL(アドレス))
証拠資料は、ねつ造を防ぐため、あとで誰もが客観的に確認できる形のものでなければなりません。出典が必要なのはそのためです。個人的に行ったアンケート結果、授業で先生が黒板に書いた内容・・・などは再確認が難しく、一般に証拠資料としては認められません。



□引用のしかた

証拠資料を引用するときには、「自分たちの主張」→「出典・著者の情報」→「引用開始」→「資料の本文」→「引用終了」という流れになります。

■証拠資料の引用の例

ディーゼル自動車の排煙は、花粉症の一因となっています。

証拠資料を引用します。出典は、2003年発行 東大教授 仲村俊文著「花粉症との死闘」です。引用開始。

「ディーゼル車排出微粒子が、ヒトのスギ花粉症症状の発現や悪化へ影響を及ぼすことが初めてわかった。これまで動物実験では確認されていたが、今回、試験管内で花粉症患者の血液中にディーゼル車排出微粒子を添加したところ、ヒトのスギ花粉症症状を引き起こしたり悪化させたりする物質を増加させることがわかった。 」

引用終了。


なお、長い文章を引用する場合には、必要に応じて途中の文章を省略することも可能です。この場合は、中略した箇所できちんと「中略」と言います。
ただし、省略によって著者の意図や文脈を曲げることのないよう、十分に注意してください。証拠資料をねつ造・改変したり、省略によって内容をゆがめたとみなされた場合には反則となり、最悪の場合、大会の失格などの厳しい処分が下されます。

証拠資料は、むやみやたらに引用すればいい、というものでもありません。資料を引用するのは「本当かどうか問題になりそうな部分の信憑性を高める」ためであって、皆が常識的に知っていること(今の日本の首相は○○である、ものを燃やすとCO2が出る、など)であれば、わざわざ資料を引用する必要はありません。

また、同じことを言っている資料をいくつも読んだり、自分たちの主張とあまり関係のない資料を読んでも無意味です。あまりたくさん証拠資料を入れすぎると、原稿が制限時間内におさまりきらなくなるので、あらかじめ自分たちの資料をしっかりと吟味した上で、争点になりそうな部分を見極め、そこを重点的に証明するようにしましょう。


カードチェック



□カードチェックとは

「おれは英語ペラペラだ」
「うそよ」
「ふっふっふ。聞いておどろけ。実は、おれは英検1級の資格を持っているんだ」
「だって、あんた、英語の授業中いっつも寝てばっかりじゃない」
「うるさい。とにかく、英検1級は英検1級なんだ。証明書があるんだぞ」
「あら、よく見たら、これって漢字検定の証明書じゃないの」
「そ、それは・・・」




よい証拠資料をつけると、その主張は格段に信憑性を増します。こうなると、単なるディベーター=中高生の意見だけでは、なかなか太刀打ちできなくなるので、多くの場合、相手も別の資料を出して対抗しなければなりません。

しかし、証拠資料も万能ではありません。きちんと出典を示されていなかったり、主張と資料の内容との間に大きな飛躍があったりした場合には、対抗する証拠資料がなくても、十分に相手の議論を突き崩すことが可能です。こうした相手の資料に対するチェックのことを、カードチェックといいます。



カードチェックには、大きく分けて以下の2種類があります。
  • 主張と資料の内容のつながりの甘さを突く。
  • 資料そのものを突く。
この章では、それぞれの場合について、いくつか例を挙げながら、もうすこし詳しく見ていくことにしましょう。



□主張と資料のつながりを突く

最高に権威のある人の、どんなに素晴らしい発言であっても、今わたしたちが証明したい事柄と無関係であれば、何の役にも立ちません。たとえば、経済成長率の話をしているときにアインシュタインの相対性理論を持ち出したり、少年犯罪の話をしている時に高齢者の犯罪率についての資料を持ち出しても、あまり意味がないわけです。

証拠資料を出された時には、本当に資料の内容がきちんと今のケースに当てはまり、相手の主張を支えているのかどうか、確認してやる必要があります。
以下に、資料と主張がきちんとつながっていない、代表的なパターンを2つ紹介しておきます。


■拡大解釈

証拠資料の内容を拡大解釈している場合。

日本では殺人事件が増えている。

警視庁200X / 「警察白書」200X年度版/

「近年、日本の少年犯罪は微増傾向にあり、昨年の未成年者の犯罪件数は前年比151件増の19816件であった。」

→資料は、単に「少年犯罪」としか言っておらず、特に殺人事件に限定していないのに、主張の方は、勝手に「殺人が増えている」と内容を拡大解釈している。



■前提が違う

証拠資料は特殊な状況を前提としていて、今の議論には当てはまらない場合。
たとえば「もし〜」という単語が入っていたら要チェック。

イルカは自力で空を飛べる。

○○大教授 田中敦/ http://www.****-u.ac.jp/~tanaka/report3.html

「遠い将来、遺伝子操作が極限まで進歩すれば、イルカの背中に羽根を生やして自力で空を飛ばせることも可能になるでしょう」

→資料は、「遺伝子技術が進歩して、イルカの背中に羽根を生やすことができれば」ということを前提に結論を出している。しかし、もちろん今の日本にはそんな技術はなく、また将来達成できるかどうかも非常にあやしいので、この資料はあてはまらない。



□証拠資料そのものを突く

「3年後までに、人類は滅亡する」
「バカなこと言わないでよ。そんなはずないじゃない」
「それが本当なんだな。ハーバード大学の教授がそういってる」
「そのえらい先生は、何が原因で人類が滅ぶと言っているの?」
「わからん」
「そんなはずないでしょう。人類が滅ぶなんて断言するからには、何かそれなりの理由があるんでしょ?」
「知らん。とにかく、ハーバード大学の教授が言ってるんだから、それが真実なんだ」
「いくらえらい先生の言うことだからって、理由もなしにいきなりそんなの信用できないわよ。本当に信用できる先生なら、かならず私達が納得できる理由を示せるはずよ」




相手の証拠資料の質が著しく低い場合には、対抗する資料を持っていなくても、相手の資料そのものを直接アタックすることが可能です。 こちらも、代表的なパターンを2つ紹介します。


■理由がない

そもそも、証拠資料は「本当かどうか争点になりそうな部分の信憑性を高める」ために引用するものです。ある主張を納得してもらうには、権威を借りることももちろん大切ですが、それ以上に、なぜその主張が成り立つのか、しっかりとした根拠を示す必要があります。本来、資料はこの根拠をサポートするために使われるのであって、冒頭のケースのように、単に主張を繰り返すだけで理由付けのない資料は、ほとんど何の役にもたたないことになります。(なお、単に事実やデータを示すためだけに資料を引用する場合には、特に理由付けがなくても問題ありません。この辺りは、議論の質によります)

人間は、どんな病気にかかっても死なないので、何をしても大丈夫である。

××大学助教授 町田やすし / 「本当のいのち」△△堂出版 / 2003年発行

「人類は、どんな病気にかかっても死なない力を持っている。」

→資料は、主張を繰り返しているだけで何の理由付けも行っておらず、全く主張の信憑性を高めることに貢献していない。



■資料の信憑性の不備

資料の出典がきちんと明示されていなかったり、その資料にあまり権威がない場合。

高校1年生 山田花子 / 2003年11月3日付毎朝新聞朝刊

「日本が自衛隊をなくせば、きっと他の国も日本の勇気ある行動に感動するでしょう。そうすれば、世界中の国はみんな日本を見習って軍隊を廃止して、世界平和が実現されるんじゃないかな、と思います。」

→肩書きが単なる高校生。信憑性がない。


平田大学 学長 平田敦/「科学の夢、人類の夢」凡人社 p.41 /1928.03.01発行

「近年科学の進歩著しく、その勢ひは留むるところを知らず。西暦2010年の未来には人類はペルセウス座へ到達しているであらう。」

→年代が古すぎて、もはや現代に通用する資料なのかわからず、信憑性がない。


建築家 田中太郎 2002

「日本の住宅は欠陥だらけです。欧米に比べ、規制が3〜4倍も緩い。」

→出典がないので資料の再確認ができず、信憑性があるとはいえない。



なお、やはり世の中にはどうやってもカードチェックではつぶせない、質のいい証拠資料というものが存在します。
そういう時はさっさとあきらめて、対抗する資料を引用してやりましょう。