中学・高校生のディベート
最初に、高校生(および中学生)のディベート活動について紹介することにします。
実は、小学校でも授業にディベートを取り入れる動きはありますし、九州や関東では過去に小規模な大会が開かれた例もあるようなのですが、まだ生徒が本格的なコミュニティを形成するまでには至っていないようなので、ここでは割愛します。
高校には、大きく分けて2つの流れがあります。1つは「ディベート甲子園」に代表される日本語ディベート、もう1つはUnionという関東のESS連合が主導する英語ディベートです。いずれの場合も、大学受験をひかえているために、2年生の夏から冬で引退する、というケースが多いようです。
ディベート甲子園
ディベート甲子園は、96年に始まって以来、毎年8月上旬に東京の幕張で開かれている、日本語ディベートの全国大会です。第1回大会がNHKのクローズアップ現代で放送されたり、共同主催の読売新聞が紙面で大きく取り上げたりしている関係で、おそらくメディアへの露出度は国内のディベート大会の中でも最大でしょう。運営にあたっているのは、全国教室ディベート連盟という、主に教育関係者が組織する団体です。北海道から九州まで、地区ごとに9つの支部があり、それぞれ大会やセミナーを通じて、ディベートの授業への普及をはかっています(この団体の設立の経緯については、女子聖学院の筑田先生の文章が参考になります)。
大会そのものは中学部門と高校部門の2つに分かれており、それぞれ異なった論題を採用しています。論題は毎年3月に主催者から独自に発表され、以降は1つの統一論題について、8月の全国大会まで議論を重ねていくことになります。全国大会に参加するには、まず6月ごろに各地区で開かれる地方予選で上位に入らなければなりません。毎年、地方予選には中高あわせて100校以上が参加します。全国大会は3日間開催され、リーグ制の予選とトーナメント制の本選を経て、各部門で優勝校とベストディベーターが選ばれます。演出や賞品も派手で(これまでの賞品はノートパソコンやデジタルビデオカメラなど)、決勝戦の様子は編集され、ビデオとして発売されます。中高生にとっては、全国に友人ができる、というのも結構魅力的な要素なので、毎年夜には海辺で思い出づくりに励む生徒の姿を見ることができます。この他、全国大会に関係なく、地方によっては春大会や秋大会を開いている支部もあります。また、9月〜2月の半年間はお休みなので、特に文化祭シーズンには、仲のいい学校の友人を呼んで、自主的に小さな大会を開く学校も少なくないようです。
基本的に、バランスの良い「教育的効果」を重視して運営されている大会なので、ルール面ではかなりの工夫がされています。主な特徴としては、
- 基本的な部分は、大学のAcademic Debate(後述)のスタイルを継承している。ただし、論題そのものに議論を集中させるよう、明文化されたルールを用いてかなりの改造が加えてある。
- メリット・デメリットを双方が立論で出し合い、最終的にどちらの方が大きく残ったか、で勝敗を決める。
- CounterPlanやTopicality(後述)といった、Academic系のセオリーは禁止。否定側のスタンスは必ず現状維持。ただし、肯定側の論題の解釈がおかしいときには、否定側から対抗する定義を出してもいいことにはなっている。このへんは曖昧だが、公式戦でこれが勝敗の焦点になったことはない。
- スパイクプランやフィアットの概念は存在する。
- 試合は、立論1回、質疑1回、反駁2回の形式で行われる。持ち時間は、それぞれ6分・3分・4分。また、準備時間は各スピーチの前に1分〜2分ずつ、必ず与えられる(詳細はルール参照)。
- 1チームは各スピーチの担当者4名で構成される。1つの高校からは1チームしか全国大会に進めない。
- 肯定側立論では、定義・プラン・メリットを示すことになっており、メリットは「発生過程(Inherency+Solvencyに相当)」と「重要性(デメリットでは深刻性と呼ばれる・Impactに相当)」からなる。ただし、最近では発生過程から「現状分析(Inherencyに相当)」を独立させるチームも増えている。デメリットも同様。
- 否定側立論は99%デメリットの証明に使われ、メリットへの反論が行われることはほとんどない(禁止されているわけではない)。
- ニューアーギュメントの概念は存在する。反駁で新しいメリット・デメリットを出しても無効。
- お互いへの反論は、第一反駁に入ってからようやく始まるので、この段階ではニュー・アーギュメントは取らない。
- 各チームの最後のスピーチで触れられなかった議論でも、ジャッジはあきらめたものとはみなさず、かならず考慮する。
- 試合の判定は、必ず試合直後に行われ、結論が出次第、口頭ですぐに選手たちに説明される。
などがあげられます。一方で、回を重ねるにつれて「原稿を読むスピードが速すぎる」「ジャッジを無視して専門用語を説明なしに出し過ぎる」といった問題が現れるようになってきたため、最近では「コミュニケーション点」なるものが導入・奨励され、「わかりやすい」ディベートの実現に一定の成果を上げているようです(この得点は、勝敗には直接関係しません)。
教育的効果をうたい、セオリーも禁止しているだけあって、出される議論は極めてまっとうで本質的です。なかには隙間を突くようなことをやってくる学校もいますが、基本的には素直でまっすぐな発想の議論が多く見られます。体系的な理論の蓄積があるチームはまだ少ないので、全国予選クラスではレベルもまちまちですが、高校の準決勝クラスになってくると、頭の回転をフルに生かした面白い試合を見ることができます。このへんになると、セオリー系の話を抜きにすれば、おそらく議論の内容は平均的な大学生ディベーターよりも上でしょう。
JDA大会B部門
もう一つ、中高生たちがよく参加していた日本語ディベートの大会に、JDA大会のB部門というものがあります。大会を運営しているJDAというのは、「日本ディベート協会」のことで、大会・セミナー・学会などを主催するほか、大学生・社会人の大会向けの統一論題の策定も行う、国内のディベートの総本山的な存在です。この大会はもともと大学生・社会人の参加者が中心だったのですが、98年からはそれまでの経験者向けの部門を「A部門」とし、新たにディベート甲子園の論題・形式をほぼそのまま採用する「B部門」を創設した(参加者の年齢制限はなし)ため、一気に中高生の参加者が増えました。
もともと、中高生が参加できる公式な大会といえば、夏のディベート甲子園の地区予選・全国大会と、各支部が開く春大会(or 秋大会+単発の小規模な大会)くらいしかなかったので、オフシーズンの目標としては最適だったようです。毎年3月の春大会と9月の秋大会の2回が開かれ、最盛期には、地方からの参加者も含め、B部門には20チーム程度が参加していました。一応、ルールはディベート甲子園の丸写しではなく、
- CounterPlanやTopicalityを出しても良い。
ということになっていたので、見よう見まねで挑戦するチームもちらほら見られました。A部門の年長ディベーターが決勝で熾烈な争いを繰り広げるのを観戦することもできたので、それも中高生にとってはちょうどいい刺激になっていたようです。実は2003年からは、JDAの方針変更によってB部門は消滅してしまったのですが、ぜひ復活を期待したいところです。
なお、やる気のある高校生は、当時からA部門に参加していたようです。これから説明するUNION系大会で活躍していた慶応高校E.S.S.は、A部門でも優勝しています。
UNION系英語ディベート
ここまでお話ししてきた日本語ディベートとは全く別に、高校にはもう一つ、UNION(全国高等学校英語会連盟)が主導する、英語ディベートのコミュニティがあります。この団体は、関東地区の高校E.S.S.の集合体で、10校前後が加盟しています。私は直接この団体に関わっていた訳ではないのですが(ジャッジ経験のみ)、先輩や後輩にはこのコミュニティ出身の人も数多くいるので、あくまで「また聞き」のレベルで概要を記します。
UNIONは1973年設立で、国内のディベート組織の中では最古参の部類に入ります。30年以上前から毎年8月に「インターハイ」という最高峰の大会を開いているほか、11月には新人大会があり、他にもNew Year's DebateやApril Debateなど、個別の高校主催でいくつかの大会が開かれています。参加校は5〜10校とそれほど多い訳ではないのですが、その分彼らの熱意はすごいものがあるようです。
インターハイは4日間に分かれており、そのうち3日間がリーグ制の予選、最終日が決勝という形になります。また、大会は上級生向けのレギュラー・リーグと新入生向けのビギナー・リーグに分かれており、それぞれ優勝校が決定されます。
ルールは基本的に大学のAcademic Debateをそのまま継承しており、多少の改変はみられるものの、ディベート甲子園よりはかなり自由度が高くなっています。以下に、わかる範囲内で概要を記します。
- 基本的には大学のAcademic Debateのスタイルを継承。
- 上位の大会では、TopicalityやCounterPlanなどのセオリーも認められている。
- 論題は独自のものを採用し、大会ごとに変わる。
- 形式は立論2回・反駁2回で大学と同じ。時間はそれぞれ、6分・4分。
- 準備時間として双方ともに持ち時間が25分ずつ与えられており、試合中は自由に使うことができる。
- Q&A(質疑)には専用の時間はとられておらず、お互いの準備時間を使って行う。
- 2人1組でチームを組む。1st Speakerが1立・1駁を、2nd Speakerが2立・2駁を担当する(10年ほど前までは5人制だったようです)。
また、卒業したOBがそのまま大学のAcademic Debateに進み、レクチャーなどの形で知識を後輩に還元するケースも多いため、理論の蓄積もそれなりに進んでいるようです。もともと情熱を持った高校生が自主的にまわしているコミュニティなので、参加校は少ないものの、上位校の実力はディベート甲子園よりも上をいっているかもしれません。実際、大学のAcademic Debateに進んだUNION出身者は、自分で考え、ディベートの本質を見抜く力がすでについており、入学して半年も経たないうちに、上級生大会でも十分通用する力を身につけます。私の言葉だけではあまり伝わらないと思うので、興味のある方は彼らの実際の試合・生の声を聞いてください。ネット上で、慶応高校がJDA大会で優勝したときのスクリプトと、彼らの感想文(その1・その2)を読むことができます。
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